2009年05月25日

家庭訪問と家庭訪門

 今日から本校では家庭訪問が始まります。全国的な話題になりますが、特に子どもの数が多いクラスでは、「家庭訪問」ではなく、 「家庭訪門」になってしまうのではないかという声を耳にします。忙しそうに玄関のところで立ち話をして、 時計にチラリチラリと目をやりながら、「時間ですから」と言って次の家に向わなければならないということです。 子どもの話をするゆとりもなく、「お宅の○○さんは頑張っています。心配いりません……」。これでは学級懇談会後の個人面談を、 家庭へ場所を移しただけのことになってしまいます。家におじゃますればつい話も長くなってしまいます。次々と予定の訪問時間は遅れ、 待っている家庭に迷惑をかけてしまいます。だからといって「いい子です。心配ありません。」 と玄関先だけで声をかけていくだけの家庭訪問では、どれだけの意味があるのでしょうか? ここにも目的を失った形だけの活動が行われていると言われても何の言い訳もできません。

 家庭訪問のねらいは、少なくとも、3つあると思います。1つは、どんな家族構成の中で、 どんな期待を寄せられながら子どもが育っているかを、担任の眼でしっかり確かめることです。いつも学校に来て下さる方以外の家族の人、 父親や祖父・祖母達の話を聞く機会でもあります。

 2つは、子どもがどんな所で遊び、学習しているかをしっかりと担任の眼でみてとる機会です。遊び場所は、交友関係は、 どこでどんな姿で宿題をしているのか、等見届けることはとても大切なことです。やれそうもないのに盛りだくさん宿題を出したり、 環境にあわないものを出したり、やってこないとただ感情的に子どもを叱ってしまうことになりかねないので…。

 3つめは、教師自身の社会勉強の機会となることだと思います。教師は、民間会社に勤めた経験のある教師が少ないです。 子ども達の家族は、学校以外の社会で生活している方がほとんどです。その生活の話、苦労話を聞くことによって視野が広がり、 ひいては授業を支える糧ともなります。

 家庭訪問のマイナス面ばかり心配するあまり、家庭訪問の本来の目的を失わないようにしていきたいと思います。



posted by 須賀川市立西袋第二小学校 at 14:42| 福島 ☀| 校長あいさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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